2007年10月16日
本質主義――仕事が速く・楽しくなる方法にようやく手が届いた
こんばんは、アニキ今井です。

ちょっと!気づいたら全然更新していないじゃないですか!

それなのに大勢の方に読んでいただいて、恐縮至極。

さて、風邪を引いたり、生活習慣を改めようとしていたりしていた一週間。ついに部屋にポットが入り、温かい飲み物が飲めるようになりました!

3日連続カップラーメンです!!
(実は久しぶりだったために、正直嬉しかった)


さて本題。


今日は「本質主義」についてお話しましょう。

どちらかというと、木を見て森を見ない性格の私、かなり子供のころから、本質を掴むのは苦手。
全体を概観して、何をすべきなのか、意味するものはなんなのか…

ビジネス書を読んで、優先順位を高める術を知ろうとしても、グズを直そうとしても、なかなか仕事も速くならず、枝道に逸れ、納期は遅く、完成はしない、しかも仕事を芸術品のようにしようとする…。

20代はずっとそれに悩んでいた。

坂本龍馬に憧れるのも、彼は「本質」を掴むのが得意だから。
というか、歴史に名を残す人物は、多かれ少なかれこの能力がすごい。

聖徳太子やら、徳川家康やら、実務や政治や武力が強いのではなくて、いかに本質を見極められたかの差で、名を残しただと思う。

そんな私は、30歳になり、起業したときにMacに出会ってしまったのが運命を分けた。
Macが悪いというより、そのソフトIllustratorで、細かい作業ができるところに取り憑かれてしまったのです。

今にしてみれば、Illustratorが悪いのではなくて、本質を見ないのが悪かった。つまり、仕事であれば、納期、利益…それはひいてはお客さんの満足への誠実さかな?
作業を自分の芸術の表現と勘違いし道を逸れてしまった私は、なんのために20代で悩んだのか、樹海のような道へ入り、せっかくの道具を自分の生活に使えないまま、倒産、その後の挫折への道へ突き進んだ。


今日は、ある2枚の画像をアップします。

まず1枚目。
投資の風を聴け 2007年11月号 第2稿

これは今週発売する教材、「投資の風を聴け 2007年11月号」のCDジャケットの最初のデータです。

今回は、文芸誌をイメージした文字中心の構成という指示なのですが、作業時間がかかると赤字になるため、スピード優先で作業しました。

その結果がこれです。

実はこの前に、気取ったイメージの写真が当て込まれていました。
それは見せる前にボツ。

この第2稿の飯田橋博士の感想は「投資の教材だか全然わからない」というものでした。自分でもそう思う…。
スピードだけ速くしようとしたあまり、内容が伴わず、そう、CDジャケットとしての本質を見失ってしまっていた。

博士との電話の前、どうしたら本質を得られるのか頭ではわかっていても、作業としていまいちピンと来ていなかった。

「時間をかければいいものができる」という幻想に囚われていた過去、そして速くやらねばならない現在、どちらも本質とはほど遠かった。

しかし、今井の芸術(といってもしょぼいのですが)をお客さんは見たいのではない、CDジャケットやサイトはあくまでも広告である、という博士の話に、なにかがはじけた。

自分がお客様だったら、どういう車内吊りチラシに目が行くだろう? どういう表紙だったらコンビニで雑誌を手に取るだろう?

…ん? なんかわかってきたような気がする…

その刹那、Illustratorを操作していたのは同じなのだが、今までの自分を表現する道具とは違うなにかを操作したような気がした。

そして完成したのがこれ。

投資の風を聴け 2007年11月号 決定稿

ゴール忠実、つまりこの場合、利益に結びつくような、お客様に欲しいと思ってもらえるような内容にしなければ、ただパソコンで遊んでいるのと同じ。

なにか意識が変わったのか、作業が速くなった感じがしたし、何より、作っていて「面白いな」と素朴に思った。

こんな経験は今までしたことがなかったかもしれない。

博士とその後電話で話したとき、本質を見極めると、速くしようとするのではなくて、結果速くなってしまう、ということを聞いた。

これがそうなのか?

いずれにせよ、なにかがはじけたらしいので、これからIllustratorの作業で木を見ることは少なくなるかもしれない。


これが道具を使いこなす、そんな感じなのだろうか?


自称クリエイター諸君、30代、40代、50代とずっとIllustratorを「操作」して過ぎていく道を選ぶのは、ちょっと切ないよ…。
posted by アニキ今井 at 23:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年10月02日
利益体質
おはようございます、アニキ今井です。

昨日、LLC(塾)のある塾生が、私のことを「アニキ」と呼んでくれました。いつもはコーチと呼ばせていますが、心底嬉しかったですね。

さて、職場に起居しながら「現実と向き合う」という、それまで数年間、いや生まれてこのかたあまり意識していなかったことを体に叩き込んで約1年になります。

元来、夢想、想像の人であるといつの間にか自己規定して以来、一番自分から遠いところにあるのが、「お金」。

会社を辞めてしまうことだって、起業したのだって、借金を重ねたのだって、すべてお金に対して苦労したことがないため、
自分の現実の中に存在していなかった。

両親は昔から「苦労させたくない」といつも口にしていました。

いい会社に入れば喰いっぱぐれることはないからと、中学から私立の学校に行き、大学も無事入り、留年こそしたけれど、それなりに希望の会社に入れた。

両親に罪は全くないけれど、苦労を全くせずに30歳になってしまったことは、今になってみるといいことじゃなかった。

それを吐き出すように、考えられる失敗をこの数年に一気にやったけれど、まだ足りない。

それがやはり「お金」に対する現実感だろう。

昨晩遅くまで「利益」を得るために無駄なことはしていないか、飯田橋博士と話をした。

マインドがプア、というか上記の如くの自分にとって、博士はそのつもりは全くないのはわかっているのだが、その話を聞いていると、自分が自分を否定するしかなくなってくるのだ。

…まあ否定していいんだけど(笑)

稼がない社員は会社の荷物である、という当たり前の理屈がある。
この中で、話の本質の部分だけを自分の人格と切り分けて、ちゃんと普通に考えることができるだろうか?

お茶汲みが多少うまくても、見た目がよくても、頭がよくても、技術があっても、人間性がよくても、人から好かれていても…

稼がないと存在理由は「ない」。


明治初期、士族が刀を奪われ、商売に手を出し、かなりの数が失敗した。それは士農工商の上に(便宜上)位置して、権威にあぐらをかき町人を睥睨していた彼らが、恐竜のごとく時代に対応できなかっただけだと私は思う。

九州の士族は、それでもってヤケになって乱を起こして挫折していった。
私の先祖はまさに九州・筑前の武士だったらしい(血はつながっていない)。

今なら、明治士族や恐竜をバカだなぁ、と思うことができる。

では自分はどうか?

つまり、利益を稼ぐ体質と、自分のこの性格を切り分けることができるか、ということである。

自分が責められている、とありがちに考えるなら、欝にでもなればいい。それでヤケを起こして破滅すればいい。

この数年、愛していた妻とウサギを犠牲にして、自分を犠牲にしてまで、得たものがそれほど軽くないと思うのであれば、
どうにかなるんじゃないの?


どうです。重く書いているでしょう?
単純に「稼げ」ってことについて書いているだけなのに、ここまで重く書いてしまうあたりをそれこそ金儲けに使えたらいいのに…。

元来日本人は「お金」について云々するのを汚い、潔くないとする風潮がある。

だからあえて言おう。

世の中はカネだ!! …ってことらしい!!


まだ自己同一化させられないでいる自分がいる。

甘いよね〜。
posted by アニキ今井 at 10:56 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年09月23日
「おもしろい」と「つまらない」は大人の判断基準じゃない
こんばんは、アニキ今井です。

実は先日、「つまらない人間」になりたいと思いました。

感情を過度に表に出す自分からすると、自分を抑えるという態度はとても羨ましく、死ぬまで実現不可能にすら思ってくるのですが、

ともすると自己主張が強く起伏の激しい自分にとって、淡々と仕事をこなし感情を表に出さないことは、とても困難なことに思え、その憧れというか嫉妬というか諦めにも似た感情を表現したつもりだったのです。

すると、つまらなくなりたい、という表現に飯田橋博士は、世間を睥睨(へいげい)した言い方であると断じました。

「つまらない」の反対に「面白い」があって、自分を面白い=是とした視点から見ている、というわけですね。

自分としては卑下して言ったつもりでも、やはりそこはそれ、ジコチューなだけあって、あくまでも他者から見た自分ばかりを気にしている態度なわけです。

まあ、その通りなのでなんとも言いようがありませんが…。

あと、つまらないと言えば、仕事においてあるできごとがありました。
大事な仕事だったのですが、無意識に放置してしまっていたのですね。

冷静に考えてみると、これもこのあたりの下流マインドのせいであることがわかります。

実はこの仕事、自分が担当責任者なのですが、肝心な席に立ち会えなかったのですね。
しかもそのために自分の思うようにその後の流れをコントロールできなかった(これも言い訳)のです。

だからおそらく放置した気持ちの奥底にあるのは
「自分が面白いことができなかった。
だから、つまらない。つまらないからやりたくない」

大方このような意識が働いたと思うんですよ。

つまり、自分にとって「面白い」=自分にとって楽しい、自分が活躍できる、みたいな気持ちがあって、→積極的に仕事をしよう

という、仕事において非常に自己中心的な感覚を出してやってしまっているということなのだと思うのです。

20代の頃は「出世したい」「お金が欲しい」「女の子に注目されたい」という気持ちがあってもギラギラさせる反面、仕事は仕事としてがむしゃらにやっていました。

それが歳をとるに従って気持ちだけがふわふわ残ってしまい、肝心な仕事をやるという部分が抜け落ちてしまった感じがしています。

みなさんの周りにもいませんか?

仕事に自分の目的を優先させている輩が。
「友達をつくりたい」「彼女をつくりたい」「楽しく遊びたい」「PCのスキルを磨きたい」云々…。

どれも結果としてついてくるものであって、順序が逆になってしまってはいけないのです。

結果として友人の幅が広がったり、お給料が増えたり、彼女ができれば、それはそれでいい。

ただし、組織のミッションをこなした後についてくるものであって、最初から求めてしまってはいけないのです。

頭ではわかっているだけにため息ついちゃいます。


上流を志向する人は、こんなところで多分悩まないと思います。

自分の育った過程で落としてきた胸の穴だから、どうにかするしかないのだけれど、ブログで吐き出しでもしないと自分を保てないなんて、


なんて不器用なんだろう…。
posted by アニキ今井 at 20:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年06月27日
「思いつき」とは「考えた」結果ではない
こんばんは、アニキ今井です。

さきほどのブログを書いたあと、温泉に行ってきました。

車で上野原市の中心部から、約15分。

「秋山温泉」ネスパという日帰り温泉があります。

今日はそこで晩御飯を食べ、平日なので人気のない温泉につかってきました。

オススメは源泉風呂という、超ぬるくて深い風呂。
温水プール並みにぬるい風呂にプカプカ浮かんでいると、なんだか落ち着くのでした。


しかし、帰ってきてから、仕事の続きをやったのですが、
ついイライラしてDreamweaverに「この馬鹿!」と叫んでしまったあたり、まだまだリッチマインドにはほど遠いです…

相手はパソコンソフトだぞ…


さて、本題。

数日前、仕事でミス、というか詰めが甘かったことがあったのです。

そのとき博士(といっても遠隔地に出張中)からいろいろ指摘されたのですが、これはみなさんも知っておいて損はないので、

まとめてみましょう。

要は、「思いつき」はケガの元、っていうお話。

生兵法と一緒ですね。

仕事をするときに一番恐いのは、一貫性がないために生じるミス。
これは、しごとの相手にとって、非常に困ります。

やりました、と言って、ある部分で全く逆のことをやっていたり、
やりました、と言って、ある部分がすっぽり抜けていたり。

これは、忘れたとか勘違い、とかのミスではなくて

自分のやっていることの影響を、首尾一貫した流れで捉えてないから
起こるのです。

半端な仕事は、墓穴を掘ります。
下手な考え、休むに似たり、と昔の人も言いました。

では、そうならないためにはどうすればいいか。

徹底的に考えるわけです。

囲碁や将棋のプロが、何十手も先を読むように、
徹底的に考える。

そのとき、頭をギリギリ絞って、考えに考え抜いて
すべてのパターンや、相手の思考を考えて、
脳みそに汗をかきまくって、ようやくある解が出てくる、

博士はそう言ってました。

北海道で。

ちょっと考えたつもりになって行動する、
これは考えたことにならない。

それを「思いつき」という。

だから、思いつきの範疇にない結果が生じるとパニックになるか、
思考が停止してしまう。

それほど考える、ということはたいへんなことなんですね。

頭脳労働という言葉がありますが、
楽をしてうまくいくなんてことは、ないわけです。

私も含め、仕事が続かないとかうまくいかない、という人を見ていると、たしかにパッと思いついたことがすべて、みたいな行動をしている。

アイデアを出して、というとパッと思いついた2つ3つのことを
さもすごいひらめきのように言う人がいますが、

これはそのまま思いつきなんですね。

実行には、とても耐えない。

ひところ、しごとというと「企画」をする仕事がカッコいい、なんて
雰囲気があった時代がありました。

「来週、全社にプレゼンする企画書出さなきゃいけないんだよねー」

あえて言おう、

その言いまわしだと、まだ思いつきだ。

戦略とか企画とかって言葉の前に、

本当に深く先を考える癖をつけたいものです。


今回は堅かったな、しかも下流話じゃなくなっちゃった…

読み返してもあまり面白くなくなったのは、
今の気分のせい…

そういうときは、カッコつけないで、心から叫びたい歌を。

山形ユキオ「ガオレンジャー吼えろ!!」

♪百獣戦隊〜ガ〜オレンジャー〜

ウガアアア!吼えろオォ〜♪

一人でカラオケ行くか…
posted by アニキ今井 at 01:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年06月25日
マインド・セットと人格改造のススメ
こんばんは、アニキ今井です。

12時間近く塾の生徒が勉強していました。

私の研究室(船室)で!!

教室より、狭い畳の部屋でみんなと一緒に勉強するのが、
いいらしい。

土日こんな感じで勉強してると、
もはや合宿状態。

最後は数学の問題をみんなでやろう!とひとりが言い出して、
私は冷や汗。
一緒にやることになったのはいいですが、実力では0点。

だって、一番苦手だったし、忘れてるよ、平方根やら因数分解なんて…。
でも、数学の得意なケンちゃんという子が、
全くわかってない私に、あれこれ解き方を教えてくれる。

そうすると、不思議ふしぎ。
25年前を思い出して、なんとなく解けた、気がする。

このケンちゃんという子は数学も得意だけど、ムードメーカーで、
このおっさんにわかりやすく教えてくれる。
なんといっても「わからないのかよー」といった悪態ゼロ。

普通、塾の講師が「わかってない」なら、親もそんな塾には
通わせないだろう。

しかし、そうでない塾がここに出現した!

彼の人のよさ故か、それとも、仲間とおっさんと狭い畳の上でわいわい勉強している今の雰囲気を肯定的に受け入れてくれているのだろうか?

とにかく、ありえない。


裏話で、実は先日このケンちゃんが休みの日にワイセフに遊びに来たのです。そのとき飯田橋博士がよろこんで

あのカリスマ塾講師、安河内哲也先生のベストセラー
「できる人の勉強法」をプレゼントしたのですね。

<えーい、どうせならPRだ!>--------------------
安河内先生がUSENビジステで熱い語りをしてくれてます。
社会人こそ聴かないと、しごとの仕方を間違たままかも…
(収録を目の前で聴いていた私のオススメです)
http://bizstation.seesaa.net/article/43948498.html
<PRおわり!>----------------------------------

今日、話を聞いてびっくり。

ケンちゃんは、その本を実践していた!!

本に刺激を受けて朝型にして、朝5時から1時間勉強しているとのこと。

偉い!!

聴きましたか、大人のみなさん。

私は恥ずかしいです、大人として。

このような安河内先生のメソッドなどに限らず、人の言うことを素直に受け入れられないヤツが大人になると多いですね。

安河内先生の本を指してこんなことを言う人がいました。
「そのやり方に私は懐疑的だ」とかね。

あえて言おう。

やってみたこともないのに、言うな!!

素直に試せる心と肉体に、健全な魂が宿るのだと、
おっさんは思うなあ。


さて、前置きが非常に長くなりました。
昨日の予告、マインドセット。

心をどこにポジショニングするか、
それによって、再構築のしかたが決まる。

私たちの考える方法論のひとつ。それは

「自分を客観視せよ」


客観視、という言葉で伝わりづらければ、私の体験で。

「ぶっちゃけ、自分が当たり前だ、大事だと思っていることを否定してみ?」

っていうことでしょうか。

・子供のときに褒められて、「このやり方でいいんだ」と思ってること
・子供のときに怒られて、「これはやっちゃいけないんだ」と思ってること
・自分の趣味
・自分が好きだと思っていること、得意だと思っていること
・自分が思っている自分の性格
・自分は実はすごくて、今はその実力を出していないだけだ、みたいな気持ち
・なんとなく気づいてるコンプレックス
・忘れたくて忘れきれていない、過去の嫌な思い出

この辺をまず否定してみてはどうでしょう。
特に「三つ子の魂百まで」と言いますが、子供のころ聞かされて育ったことは、忘れていても体や心に染み付いているもの。

私の場合、非常に思い込みが強く、上記が枷になっていたのです。
(また別に書きますが、あとはとにかく「甘ったれ」に育った)

それを思い出しながら、ひとつひとつ検証していく。

言ってみれば、「人格改造」

昨年の冬以降、自分のダメな点を、博士からガンガン指摘されました。
人から言われるのは辛いです。最初は私も抵抗がありました。

かつてだったら逃げていたでしょう。

しかし私は、もう逃げることはできない。

あるとき腹をくくって、聞いてみようと思ったのですね。

最初は本当にキツかった(ように思う→だんだん忘れてる)。

それがまるで筋トレのように、受け入れるのが苦痛ではなくなってきたのですね。

そのうちだんだん、自分から原因を探るような考え方をするようになって、半年たった今、私の人生は180度は変わったような気さえします。

そのためには、まず話し相手が必要。
内省では、絶対にわからない。

そして、自分の考えは間違えていて、人の言うことのほうが正しいとあえて信じてみることです。

それができないと、最後のところで変わることができない。
そして、ふりだしに戻ってまた繰り返す。

また、フリーターを繰り返す。

また、すぐ辞める。

また、人のせいにする。

…無限ループ。

とにかく、過去の自分を一度否定して、
それまで頑なに耳を貸さなかった、人の言うことに素直に従ってみる。

あとは、がむしゃらに働くだけ。

「そんなバカな」と言う人は、自分を信じすぎて、人の言うことを聞けない人。

私は自分が変われたんだから、嘘ではないと今ならわかります。

やったこともないのに否定している自分と、
変わったと晒している私の言うことと、どちらを信じますか?


補足ですが、自己否定って言っても、
良いところと思しきところは、残してますよ。

むしろくすぶっていた思いが、引き出されたような気すらします。

例えば、自分で言うのもなんですが、私は結構情緒的というか、叙情的。
それが、心が定まったら、なんか憧れていた詩心が首をもたげて、

それまでつくろうと思って詠めなかった短歌が
口をついて出たときはびっくりしました。

そんなもんなのかもしれません。

今の世の中は、いちいち難しく考えすぎなのかもしれない。


うまくまとまりきれてないけど、長文なので今日はここまで。
付き合っていただき、感謝です。

男だったら、頑張って苦しみましょう。

どっちにしようかと迷いましたが、こっちで。

すぎやまこういち「ロトのテーマ」("ドラゴンクエストIII そして伝説へ…"から)

ほら、あのファンファーレが聴こえてきたなら、あなたは男の子。
posted by アニキ今井 at 01:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年06月20日
「子供のころ、神童だった」人は下流に堕ちやすい
こんばんは、アニキ今井です。

昨日のブログ、メルマガの内容はちょっと
どぎつかったかな…とちょっと反省しております。

「恐い」という感想もいただいております。

…そう、恐いんですよ!

かといって、リアルすぎても、ねぇ。
というわけで口直し。


6/18の「源流境だより」で下流に堕ちる人の傾向を箇条書きしました。

そのなかからピックアップしてみたいと思います。

「子供のころ、神童だった」

該当する人、挙手!!

はい、私です _│ ̄│○

自分では神童とは思ってませんでしたが、
親は「末は博士か大臣か」を地でいかせたかったみたいです。

神童というのは、実は語弊があって、

単に、小学校の成績がよかった。(体育以外)

それだけです。


確かに、自分は小学校のテストで苦労したことは一度もありません。

今でも覚えていますが、小学校5年か6年のときの話。
毎週実施される、10問の漢字テストがあったのです。

私は毎週満点でした。

たとえていうなら、「ザ・ベストテン」で毎週1位みたいなものです。

今でこそ自分を馬鹿だなあと思いますが、

当時、表立って謙遜しながらも人のことを「なぜ4点とか取れるんだ?」とか思ってましたから、呆れたものです。

今思えば、このへんの成績の差は、単に好奇心の差とか、ませてるかどうかで決まってしまうように思います。

要は、このときの成功体験は、大人からよく見られるための処世術を人より早く覚えた結果と自分では思うのです。
これが30歳をすぎて悪いほうに影響してくるとはそのときは思うわけがなかった…。博士曰く、私が小学32年生であるとは言い得て妙だなあ!

しかし、面白いもので、神様は公平です。
やはり成績のいい女の子がいて、ずーっと二人でトップを張っていたんですね。

先にコケたのは私。

9点でした。

かなり悔しかったのを覚えていますが、どっちみち、勉強せずにテストを受けていましたから、化けの皮がはがれたってもんです。

さらに面白いのは、二人でずっとトップだったので、
なんかその子が気になり出したんですよね。ませてますね。

でも好きな子は別にいたんですね (゚∀゚)ウヒョ
(今井の、態度で好きな人がすぐバレる話も有名)

筆が進むので、もうひとつアニキ伝説をご紹介しましょう。

小学校5年生の夏に、

「クイズグランプリ」というテレビ番組に出ました。

夏休み親子大会!! 親父と出ました。

この番組は、若い人は知らないだろうな、
フジテレビで平日毎日19:30から15分放送していた、一般参加のクイズ番組。司会は小泉博。

15分!?半端!

残りの15分でやってた、「スター千一夜」懐かしいねえ。

このへんは38歳の友人でも覚えてないですよ。
いかに私がませていたかがわかるってもんです。

5、6年生とその親の計4組の対戦でしたが、6年生を尻目に
一番答え、一番正解し、決勝進出は楽勝かと思われたのです。
(決勝で勝てばハワイ旅行)

しかし、一番お手つきが多かった。
単なる目立ちたがり屋だったのかもしれない。

360点というトップだったのが、ラスト1問を残して10点とビリ。

極端だな…

結局最後の1問を親父が

「ブッチャー!!」(プロレスラーね)と正解してくれたおかげで
8000円の賞金を持ち帰れたのですが、

まあ、私が調子に乗ったのは言うまでもありません
(小林克也の口調で)。

まあ、そんなわけで、下流男にあてはまる
「子供のころ、神童だった」の実例を紹介しました。

早すぎる成功体験が、枷になる。

お子さんのいる人は、気をつけて!

追伸:
勢いで「アタック25」に応募しました。
朝日放送の人、これを読んでいたら、出させてください(爆)

自己破産経験者ではじめてのパリ・ミラノ獲得をしてみせます!!
(ちょっと悪ノリだ…反省)

さて、小学校5、6年は思い出が多すぎて、曲も迷ってしまいます。

今日は本当に暑かったので、5年生の夏がよみがえるこの曲でお別れ。

クリスタルキング「蜃気楼」

あふれだす情熱を注ぐのは、おまえだけ。
posted by アニキ今井 at 23:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年06月19日
男はサムライであれ
こんばんは、アニキ今井です。

ちょっと、この記事を読んでみてください。

飯田橋博士が送ってくれたニュース記事です。


日本女性の社会進出、世界でも低水準…男女共同参画白書
6月19日12時13分配信 読売新聞

政府は19日午前、2007年版の男女共同参画白書を閣議決定した。
日本は、女性の政界や経済界への社会進出度を示すGEM値が75か国中42位(06年)、男女間の格差の大きさを測るジェンダーギャップ指数が115か国中79位(同)と下位にとどまっていることが明らかになった。

国会議員に占める女性の割合は9・4%(06年)で12か国中11位、国家公務員の上位の役職に占める割合も1・8%(05年)で11か国中の最下位だった。

GEM値は、ノルウェー、スウェーデンの北欧諸国が1、2位を占め、アジアではシンガポールが18位だった。日本は02年も66か国中32位と順位が低かった。



いかがだったでしょうか。

この記事を読んで私たちが思ったこと。
それは、日本では女性の社会進出が遅れているらしい…、

なるほど、ダメな男が女性の進出を阻んでいるんだなぁ、ということ。

このブログでは、若い男性のダメさ加減を常に言っていますが、

博士があるとき、気がついたんです。

現在のサービス業に代表される、第三次産業、
そして今後の情報通信にみられる第四次産業は、いずれも
女性のほうが能力を発揮しやすいのではないかと。

なるほど、パソコンを使った仕事があるとする。

男はまるでゲーム機で遊ぶかのごとく、しごとではなく
パソコンと対峙する。

しかし女性は、別に機械自体に興味はなく、
目的を達成するために、道具としてパソコンを使い、
女性特有のきめ細やかさでリアルにしごとに向かっていく。

これは男はダメだわ。

それでも職場にはかつての名残で男が幅を利かせてる。
ダメ男なんだけどね。

そりゃ、女性のいいところが活かせきれないだろうなぁ、と。


そんなこんなで、私たちの職場は、
博士と私を除いて、女性ばかりになってしまいました。

男はみんな「ひ弱」。

なんて線が細いんだろう。

そりゃ、モテるとかモテない以前の問題だな。

男としての存在意義が「ない」もの。

戦乱の時代や戦争がいいとは思わないけど、
男が女を守るために命をかける、っていう当たり前のことを
みんなが思っていただけ、マシかもしれない。

今は女性がピンチになっても、逃げるヤツが多そうだ。

そんな男どもは、この曲を聴いてから源流館に来い。

ちょっと前まで元妻にボコボコにされていたアニキだから、
今はわかる、男が強くなければならない理由を。

沢田研二「サムライ」

心の刀は、愛する人を守るため。
posted by アニキ今井 at 23:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年06月18日
下流諸君、ともに帰ろう 源流へ
こんばんは、アニキ今井です。

今日お客様からいただいた電話で、
今井の「たわ言」読んでるよ、とおっしゃっていただきました!
これは自分にとっては大惨事、いや大賛辞ですよ!

ありがとうございます!

さて、飯田橋博士と飲みながら話しているのですが、
なぜに最近の若い男性はダメなのか?

私たちはおっさま(おっさんを尊敬して言うことば、今井作)ですが
20代の頃はとにかく現状をどうにかしようという気概だけはあった。

そして30代を前に会社を起こすだけの気持ちを持っていた。

私の場合コケたんですけど… ○│ ̄│_


さて、そんな中ニュースが飛び込んできました。

元十両の高見藤(27)が廃業したそうですね。
なんでも「賭け事やパチンコで多額の借金を抱えたため」とか。

ニュースに曰く、
「消費者金融から部屋に請求書が届いた。13日に本人が計4件の借金を認め、『やめたい』と話したので了解した」

博士からコメントを求められました。

敢えて言おう。

「たった4件で何を言っているのか」と。

それでやめたいって、12件も抱えていた私はどうすればいいのか。

とにかくね。
仕事しろ。

あ、相撲しろ。廃業したのか。
じゃあ、ちゃんこ屋だ。年中無休でやりなさい。

大晦日もやってれば、繁盛するかもよ。
年越しちゃんこ。

閑話休題。

断片的に下流について語ってきたのですが、
どうも下流に堕ちる人々には共通点があるのではないか、と博士。

確かに。

そこで経験を元にあげてみました。

・見栄っ張りである
・買い物好き
・イベント好き
・閉ざされたコミュニケーションの中にいる
 二人なら夫婦、ひとりならひきこもり
・ちゃんと働いていない
・こだわりが多い
・一攫千金しようともくろんでいる
・自分がスターになりたいと思っている
・自分の夢を一番大事にしている、まさにドリームウィーバー
・子供のころ、神童だった
・半端に学歴がある
・パソコン好き
・まわりを馬鹿にしている、自分が上だと思っている

どうです、ひどいでしょう?
ちょっと前の自分…

これが当てはまってしまった20代から30代の「男性」諸君。

悪いことは言わない。
来たれ、源流館へ。

(先日グランシップといったのんだけど、あれは今井の呼び方。
 ワイセフの建物名は下流男更正施設、“源流館”という)

下流に堕ちた諸君、堕ちそうな諸君。
堕ちたアニキが君たちを上流よりさらに上流、源流へ誘おう。

上野原市は近くに相模川と多摩川それぞれの源流がある。
すべての源、源流へ今こそ還ろうじゃないか。

源流館で生活しながら、

本当のしごと、男とはなにか
見つめてみないか?

メールはコチラ → editor@selfstudy.biz

下流情報満載のメルマガ「マネビズ!」もぜひ読んでほしい。
http://www.mag2.com/m/0000151376.html

今日はこの曲。

JUN SKY WALKER(S)「歩いていこう」

前を見て、いこう。
posted by アニキ今井 at 23:43 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年06月09日
激闘!一週間!
こんにちは、アニキ今井です。

思えば先週の土曜日ですから6月2日に
飯田橋博士と話し合ってからちょうど一週間。

あっという間の一週間でした。
本当に、こんなに時間が経つのが早いと感じたのはいつぶりだったでしょうか。

私たちのWebサイトも、お伝えしているように
ブログベースに生まれ変わり、方針も決まり、目鼻が立ってきました。

しごとの自習室
http://www.selfstudy.biz/

NPO「昭和の記憶」
http://www.memory-of-showa.jp/

サイト自体の構造も、seesaaブログを非常に意識したものに
してしまいました。

実は元々、seesaaにはUSEN「ビジネス・ステーション」でゲスト
出演していただくなど縁があったんですよね。

池永尚史先生/ブログとアフィリエイトで稼ぐ方法
http://bizstation.seesaa.net/article/44341926.html

たった一週間で合計12ものブログを立ち上げてしまいましたよ…。

アクセス、コンテンツ、売り上げの3つを伸ばすために、
挑戦は続くのです。

さて、そもそも今回の激闘に至るまで、
私のしごとでの位置づけ、その内容について、飯田橋博士はかなり迷った様子。

2月頃私をプロジェクトマネージャに任命したものの、
日程の管理ができず、破綻…

東京の(タ)を今井の日程管理のお目付け役につけたものの
やっぱりダメで、悲しませたこともありました…

諦めた博士は、ついに自分と私とだけの接点で、
かつルーチンでないしごと(研究、学習塾)についてのみ
猛烈にやらせるようにしたのでした。

まあ、コミュニケーションがうまく取れないということでしょう。
確かにその意味、方法など特に聞いたこともなければ、
教わったこともない。

社会でしごとをするには、欠落が多すぎるんですね。
思えば特に男、さらにクリエイターを目指す連中にはそのような輩が
多いように思います。
オタクなだけじゃダメなんだよね。

ともあれ、この一週間の激闘で、
博士と私の関係は、それまで土台になる言語が異なっている感覚だったものが、共通の認識に立てるようになった…
これは博士の言葉です。嬉しいお言葉です。

きっかけはよくわかりません。
でもこの一週間のブログを読み返してみて、
こだわり、凝り性、頑固、職人肌で通してきた自分を否定し、客観視することが今までよりはできたように思っています。

自分の中で何かがはじけたような気がしてます。
ようやく堂々としごとの仲間に向き合えるような、ね。

とはいえ、まだまだ道半ば。

今日は知る人ぞ知るこの曲を。

うたいびと はね「路」

明日につながる道が、平坦なわけがない。
posted by アニキ今井 at 17:40 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年06月04日
ブログで行けるところまで行ってみようか
おはようございます。
アニキ今井です。

Webの話、続く。

昨日の話ですが、一部の人にとってはセンセーショナルな内容
だったのではないかと思っています。

なぜなら、自分も含めた自称Webクリエイターにとって
アイデンティティを揺るがすことではないかと思うのです。

「君が一生懸命勉強したっていう、Web制作の技術なんだけどね、あれ、全く意味ないし、人に自慢するようなもんじゃないから」
「組織を使って自分の芸術をやりたいなら、それ、自分だけでやってくれる?」

まあ、こう言ったようなものです。
飯田橋博士も、自己満足のにおいがプンプンするサイトについては
本当に嫌なようで、一昨日はかなり力説してました。

ひとつ誤解のないように書くと、本当のプロは絶対にいます。

しかし、そのプロは、デジタルなんちゃらとか、電子なんちゃらとかいった専門学校の外でたむろしてタバコをくゆらせている連中ではないことは間違いありません。。

また、履歴書に過去の実績と称して「作品」のアドレスを記載することもないでしょう。

さて、なぜ3日にもわたってこのようなことを書いてきたかというと、
やはり一般に三種の神器(この言い方はアイロニーですよ)を使う人に対して、勘違いして尊敬する人が多いのですよ。

そのせいで、組織が本当に伝えたいこと、表現すべきことは
全く伝わらなかったのだと反省しているのです。

そのため、いくつか試みを実践に移すことにしました。

まず「しごとの自習室」とNPO「昭和の記憶」の両サイトを
ブログベースにしてしまいます。

Webクリエイターなんていなくても、
新鮮で役に立つ情報をお伝えし、共感してもらいたい。
そう考えると、拙くても伝えるための方法を、模索します。

見栄えが悪いのは日々直していくので、
それはご愛嬌。

聴いてもらって、参加してもらって、初めて
僕らのしごとは評価されるものだと信じております。

さて、先週は天気が悪かったですが、
ようやく週末から晴れて五月晴れっぽくなってきました。
っていいたいのですが、旧暦ではまだ4月卯月なのですよね…

晴れの月曜日、こんな曲でどう?
山下達郎「高気圧ガール」

イントロが頭を回ってる…
posted by アニキ今井 at 09:15 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年06月03日
ホームページはいらない(その2) ――なぜウェブサイトはカッコイイを目指すのか
続きです。

文章にすると長ーくなるので、昨日来考えている点を箇条書きにしてしまいます。
今日これを博士に提示して、我々のサイトについて、
どう運営していくか考えていく予定です。

■理念と合わないウェブサイトが多い
・理念や組織にあっていないサイトが多すぎる
・自分たちも陥っている
・言いたいことが伝わっていない
・躍動感はカッコイイホームページでは伝わらない

■ウェブサイトをカッコよくしようとするワケ
・三種の神器(Dreamweaver、Illustrator、Photoshop)の功罪と
 それらを特別視する人種がいる
・それら技術を持った輩はアーティストを気取る
 なぜなら、デザインも構造もすべて自分でできるから
・それは見た目だけでなく、サイトの中身(ソースコード)にも及ぶ
・立派だが、作った本人しか維持できないサイトになりがち
・俺の世界、マイホームページを組織に持ち込むな、もしくは
 持ち込ませないことが重要
・「自称プロ」のウェブデザイナーなんて、要はフリーター

■一見チープなのに迫力のあるウェブサイト
・神田昌典さんや影響を受けた実業家たちのウェブサイトを見ろ
・「自称プロ」は一見チープな中にあるすさまじさを理解できない

■企業のサイトが目指すべきもの
・伝えたいものは何なのか、真面目に考えてみ?
・ヒントはブログにある気がする

要は、デザイン(画像やレイアウト、文字の使い方)を先に考えるのは本質を見失うということなのでしょう。

上記の「自称プロ」は自分を含めた大勢を指しています。
ちなみにこの人たちの仕事は、歴史には絶対に残りません…。

これには反論のほうが多いと思うのだけれど
みんなどう考えているのかなぁ…

日曜の朝です。今日はこの曲でスタート。

松尾清憲「サニー シャイニー モーニング」

普通知らないよな…「めぞん一刻」の主題歌でした…
それではまた!
posted by アニキ今井 at 09:52 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
ホームページはいらない!
昨日、飯田橋博士とホームページについていろいろと
話しをしました。

わたしたちが制作している自組織のサイトはこんな感じ。
(註:この日リンクを貼っていた旧サイトは既に廃止しており、
下記のリンクは、苦闘の末に生まれた現在のサイトが表示されます。2007.6.9)

NPO「昭和の記憶」
http://www.memory-of-showa.jp/

「しごとの自習室」
http://www.selfstudy.biz/new/index.html

どちらもリニューアルを繰り返し、第3から4世代のつくりに
なっています。

これに対して博士は、見た目にこだわりすぎて本質が伝わっていない、そして、本来やるべきこと(集客、売り上げ増、会員増など)をやっていないのではないかと指摘。

あまりに図星すぎて、否定もできません。

現状も含め、今までのサイトはすべて多少の技術を持った人間が
携わってきました。
その結果、見た目は「個人以上大企業未満」という中途半端なものに
なっているように自分でも思います。
そのくせ、結果として多くの方に見てもらえていないという不安も
あります。

研究・制作を担当している(と自分で思っている)私自身、
起業してからですがそのテのソフトを使えるようになり、
かつ習ったことはないのですがデザインには一家言あるため
痛いところを突かれてしまいました…。

昨日の話以降、いろいろ思うところがあるので、
この場を使って考えを整理していこうと思っています。

→その2につづく
posted by アニキ今井 at 09:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話
2007年05月31日
勉強は、荒行
5月も今日で終わり。
皐月晦日です。

上野原は一日雨でした。

今日はツバメ巣のなかでじっとしているツバメの
お母さんを写真に撮ろうと思ったら、タイミングをはずし、
電線に止まる夫婦の声を録音しようとしたら気づかれて
飛んでいってしまいました。

そこで、ちょっと趣向を変えて、音声をアップしたいと思います。
何の音か、わかりますか?



さて、明日はいよいよアニキ今井の塾コーチ(塾講師ではない)
デビューの日です。

そのへんの塾ではありえない、衝撃の授業を繰り広げようと
飯田橋博士と画策しているのです。
運営方針はすでにあるのですが、今日は2人で子供たちに伝えるべき言葉をまとめてみました。

・量が質を生む
・文字は大きく
・文法は中3で終わる
・高校英語は国語力が土台
・発音は我流でOK
・筆記体は使わない
・読解7割
・英会話は度胸

詳細については今後詳しくお伝えします。
この教訓に沿って明日何をやるかというと、問題集の解答を
いきなり書き取りです。とにかく書く。

文法なんて、特に重視しません。英語の先生っていうと
文法重視の人が多いですが、あれって先生でなくて研究者。

子供たちを研究者やオーソン・ウェルズにするわけじゃないのです。
テストで点をとって希望の学校に入った上で、
将来英語をコトバとして活用できるような人間に育てたい。

よく生徒に考えさせる、なんてやり方をするところが多いですが
何もしらない子供たちに何を考えさせるというのでしょう。
まず、知ること。まず覚えること。

超詰め込み、超丸暗記。
量によって、質を支えようということです。

私にしたって、詰め込んで覚えたことは今でも覚えてますが、
それ以外の勉強はなーんにも覚えてないですからね。

勉強は、荒行でなくてはならんのです。
一番吸収できるときにやらなくて、いつやるのでしょうか。

講師ではなくて、マインドを育てるコーチでありたいなぁ、と。

ただ、心配がひとつ。

脱線しないといいんだけどなあ。
大学生のときに塾の講師のバイトをしました。

そのときは小学生とビックリマンシールを交換しまくって
一週間でクビになったっけ…。

さて、この音声を聴いてくれたみなさんに、
今日はこの曲でお別れ。

ザ・カスケーズ「悲しき雨音」

それではまた。
posted by アニキ今井 at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | 飯田橋博士との対話